(想像しなおしIN SEARCH OF CRITICAL IMAGINATION展覧会カタログより) / 正路佐知子(福岡市美術館 学芸員)

「展示室に鳥のための空間を作り、草間彌生の屋外彫刻《南瓜》を展示室内に入れる。そして鳥を放つ。」それが、狩野哲郎が最初に出した本展覧会の展示プランだった。本気なのか冗談なのかわからないいつもの口調で発せられたこの案は、突飛なようだが狩野の問題意識をよく表している。鮮やかな黄色に黒いドットが目を惹く《南瓜》は20年近く福岡市美術館の屋外に展示されてきた。屋外彫刻として作られてはいるものの、強い日差しや風雨に曝されるためFRP(強化繊維プラスチック)という素材にとって相応しい環境に置かれているとは言い難い本作を、温湿度の安定した空間でUVカット照明の下展示することは作品保存の観点から言えばこれ以上のことはない。しかし同時に《南瓜》は屋外彫刻としての本来の機能を剥奪されてしまう。また、その空間に鳥を放てば状況はより複雑になる。屋外であれば日常的に発生しているはずの鳥の糞害が、美術館展示室の中では非常事態として認識されるのだから。残念ながら実現には至らなかったが、狩野はこの案において美術作品および美術館の役割や機能、そしてわたしたちの固定観念を脱臼し、美術そして美術館の不条理なルールとそこに身を浸しているわたし(たち)の立ち位置に問いを投げかけるものでもあった。

狩野哲郎は、ロープ、ホース、ガラス、陶磁器、おもちゃなどの既製品を組み合わせて空間を構成し、その中に他者を呼び込む。たとえ呼び込めなくとも、鳥よけ、果物、餌などの使用によってその気配を室内に漂わせる。その他者とは、主体の位置を括弧に入れるためのものではなく、主体の置かれた位置を撹乱するために必要とされる。
「どの主体も、事物のある特性と自分との関係をクモの糸のように紡ぎだし、自分の存在を支えるしっかりとした網に織りあげるのである。(中略)われわれはともすれば、人間以外の主体とその環世界の事物との関係が、われわれ人間と人間世界の事物とを結びつけている関係と同じ空間、同じ時間に生じるという幻想にとらわれがちである。この幻想は、世界は一つしかなく、そこにあらゆる生物がつめこまれている、という信念によって培われている。全ての生物には同じ空間、同じ時間しかないはずだという一般に抱かれている確信はここから生まれる。」(ユクスキュル/クリサート著『生物から見た世界』岩波文庫、pp.28-29)
人であるわたしたちは、つい人の目線や基準で物事を考えてしまう。学生時代に建築や環境デザインを学んでいた狩野は、人を基準に築かれる空間のあり方に疑念を持ち(あるいは人の認識を信用せず)、他者の気配を招き入れる作品に取り組むようになった。そしてその他者も、わたしたちが陥りがちな「予定調和のパターン化を避ける」ために、雑草(発芽-雑草 / Weeds)、チャボ(それぞれの庭 / Respective gardens, 自然の設計 / Naturplan)、ムクドリ(自然の設計 / Naturplan)と変化している。

本展では、近年の狩野の関心を表わすように、既製の陶磁器やガラス製品等のブリコラージュ的組み合わせによるオブジェが、美術館の什器を用いることで恭しく彫刻的な設えで提示された。とくに《野生のストラクチャ / Savage Structures》では、美術館のケースのガラスの反射を遊戯的に用いることで写り込みの妙の連鎖を生み、一点一点が彫刻作品として独立していながらも共鳴し合う空間を作り出した。しかし何よりも美術館の展示室では禁忌とされた生物導入の実現が、今回美術館そして狩野自身にとっても大きな挑戦であったことは間違いない。鳥のために作られた、鳥がいるかもしれない展示室は、鑑賞者の想像力をこれまでにはないレベルまで押し広げると同時に(ただそれに気づいた途端、想像力はあまり必要ではなくなってしまう)、その強烈な生命の存在感がその空間を支配してしまう可能性をも伴うからだ。換言すれば美術館の墓場性を強調し、作品の無機質性をも際立たせる危険性がある。この空間での主体が人ではなくなることで、その場に置かれた物の意味は変容を余儀なくされる。そして人は居心地の悪い他者となる。そのすべてを考慮に入れた狩野の作品は確かに鳥がいなくても成立可能な精度を有していたが、今回の展示によって蒔かれた種は、おそらく多くの人の目を開かせた。本展において新たな名が与えられた《Wunderkammer》とは、中世ヨーロッパで生まれた博物館のプロトタイプとも言える「驚異の部屋」のことだ。蒐集された珍品を陳列する部屋に準えられ、狩野によって作られたこの空間においては何が「珍品」であるのか。反転が繰り返される。

(正路佐知子、想像しなおしIN SEARCH OF CRITICAL IMAGINATION展覧会カタログより、2014年、福岡市美術館に収録)


2014, Text