西川 美穂子 (東京都現代美術館 学芸員)
ここに日用品が組み合わされてできたランドスケープがある。そこには無名の鳥がいて、歩いたり食物をついばんだりする。吊るされたネットの間を行き来し、園芸用のホースを止まり木とすることもあるだろう。彼/彼女にとってそれは、羽を休めるにちょうど良い高さのやわらかく掴みやすい場所かもしれないから。
狩野哲郎は空間の中に取っかかりを見つけ素材を置いたりひっかけたりする。空間が潜在的に内包する「何か」に触れ、つなげていく。始めからある凸凹や穴を利用し、自然の力に従い、新しい穴を穿ったり無理な力をかけたりはしない。狩野はその場所にある様々な可能性に触れられるよう見えない関係性に線や色を添える。それらは空間に描かれたドローイングのように、作品としての曖昧な枠組みを提示する。その中で鳥は、狩野が描くドローイングの一部であると同時に、人間(作者にとっても鑑賞者にとっても)がコントロールすることのできない偶然性をもたらすものでもある。異なる知覚を持つものが見ているかもしれない風景に気づかせる存在だ。狩野の制作にはいくつかのシリーズがある。「発芽―雑草 / Weeds」で狩野は、展示空間に植物の種子を蒔き、水を与え、見守る。コンクリートのひび割れは私たちが通常思う植物が生息する場所ではないけれど、そこにも発芽の可能性はある。「自然の設計 / Naturplan」では、実際に鳥が放されることもあれば、近隣の鳥を招き入れるように空間がつくられることもある。芽を出す植物もあればそうでないものもあるように、鳥は来たのかもしれないし来なかったのかもしれない。そのように想像することで、私たちは異なる時間を体験することとなる。写真シリーズ「何かのためのスタディ / Studying about something」では、名づけられない「何か」が狩野によって収集される。「名づけられたもの」は一つの定義を与えられ、その枠組の中に可能性を押し込められたものでもある。「無名なもの」つまり名前を与えられていないものには、定義や分類をされない分、ほんの少し余計に自由が含有されている。狩野の制作は、ある枠組の少し外側にある可能性についてのスタディ(研究)であり思索である。このスタディはこれから先もずっと続くことだろう。
西川 美穂子 (東京都現代美術館 学芸員)
(西川美穂子、「ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト#1 狩野哲郎展 自然の設計 / Naturplan」 [東京都現代美術館、2011年10月29日-11月27日]リーフレットより)
2011, Text