呼吸する環礁(アトール)—連なりの美学 / 難波 祐子(キュレーター)

モルディブの人々にとって馴染みの深い鳥、マイナ。狩野哲郎は、このマイナをインスタレーションに取り入れる。ホースやロープ、網など一見どこにでもある日用品を使ったインスタレーションは、実は、動物行動学や狩猟の知識、動物園や獣医師などへの取材に基づき狩野によって緻密に設計されたマイナにとって最適な「自然」環境だ。狩野の作り出した「自然」に身を置くことで、マレの人々にとってはあまりにも身近で意識することのないマイナと人との関係性を浮かび上がらせ、私たちを取り巻く自然環境、人間によって作り出された生活環境 について再認識させる。一方《島々の花輪》と題された新作は、花輪のように連なって浮かぶ珊瑚礁である「環礁」で構成されたモルディブをイメージして制作 されたドローイング連作である。対面の壁には、マスキングテープやステッカーなどでウォールドローイングも施し、もう一つの「自然」の風景が展開する。

連なりの美学

ある特定の国や地域の美術を紹介する展覧会は、90年代にオーセンティシティ(本物らしさ)を巡る論議に火をつけた。特に非欧米地域の美術をどういった文脈 で紹介するかについて多くの議論がなされ、一つの国の文化をいかに「正しく」表象するかについて、さまざまな方向性を模索した展覧会が催された。しかし 21世紀に入り、今はその呪縛からも解放され、個々の作家の実践をいかに見せるか、またその個々の実践がより広い社会的、文化的な文脈とどう関わっている のかを切り取って見せるのかが現代美術の展覧会の課題の一つとなっている。アートで環境問題を即時に解決することは難しいが、私たちと同時代を生きる作家 の作品による展覧会は、人と人の心を繋ぎ、私たちを取り巻く環境について、普段の生活では思いもよらなかった角度から新しい気づきや発見をもたらしてくれ る。近年の急速なグローバル化と情報化の波は、遠く離れた人々同士を繋ぎ、お互いの情報をリアルタイムで入手することを可能とした。一方、現代美術は、実 際に作品に接して初めてアクチュアリティを感じることができる、今の時代のコミュニケーションのあり方とはある意味対極にあるような極めてアナログなメディアである。展覧会は、作品を生み出す作家とそれを支える人々、そして何より作品を観に訪れる人がいて初めて成立する。それぞれの個性を発しながらも、 モルディブの環境をテーマにゆるやかに繋がる日本とモルディブの作家たちの作品は、作品と作品、作品と人、人と人を繋ぐ連なりの美学を生み出し、あたかも さまざまな個性をもつ島々から成る環礁(アトール)のように新しいアートの息吹をモルディブに吹き込んでくれることだろう。

難波 祐子(キュレーター)

※このページは抜粋版です。 テキスト全文はこちらから→呼吸する環礁(アトール)—連なりの美学 / 難波 祐子

(難波祐子「呼吸する環礁(アトール)—連なりの美学」、呼吸する環礁(アトール):モルディブー日本現代美術展 カタログ

、2012年、国際交流基金、p. 20 – 25より)


2012, Text